横浜から埼玉へ・・。
引っ越したのは私が小学5年生の時です。
道祖土小学校のBグラウンドから歩いて10秒ほどの瀬ヶ崎に引っ越しました。
こちらに引っ越してからは声楽家卒業のピアノの先生にご指導いただいていました。
とにかく、何を弾いても・・
「あなた、上手ね~!!」の先生で・・。そのギャップは激しく最初はびっくりしましたが・・この先生についていた4年間は本当に自由に楽しくピアノを弾く期間になりました。
発表会の時も、ショパンの「こいぬのワルツ」を薦められましたが・・。
この時、爆発的人気だったリチャードクレイダーマンの渚のアデリーヌが弾きたくて先生に相談したら「いいわよ」と言ってくださいました。
発表会にも何度も出ましたが、多分、演奏していて一番楽しかった発表会でした。
楽しくて笑顔で演奏した記憶があります。
先生も母も、この時、ピアノの難易度にかかわらず、私の好きな曲を弾かせてくれたことを今でも感謝しています。
本当に楽しく演奏出来たので、この時は聴いていただけた方からも大好評。
やはり、ステージでの演奏は本人が本当に弾きたい曲を弾く(もちろん、余裕を持って)ということが一生心に残るステージになるんだな、と今、思い返しすと改めてそう感じます。
このクレイダーマンの楽譜を買ってきてくれたのは母。
素敵な曲だから弾いてみたら?と母に言われて弾いたら、なんて素敵!
なんて楽しい!
私がピアノを弾いていて「楽しい!」と感じた最初の記憶です。
まあ、「楽しい」だけで弾いていましたけど・・(^^;)
そんな時も必要かなって思います。
父の引っ越しで転校ばかりしていて・・
この頃かな・・ちょっと小学校のクラス内で女子のイジメみたいなのがあったのは・・。
「仲間はずし」みたいな感じ・・。
仲良くしていたグループがあって、その中の1人に話しかけるのをよそう・・
そんな事をリーダー的存在の彼女が言い出しました。
そういうのって大嫌いだったので。
無視して話しかけてたら、その子と一緒に無視されました・・笑
その時も、なんだか嫌だなあ・・って思いながら過ごしていたけれど、家に戻ればピアノがあって・・すごく救われました。
そのグループから抜けて違うグループと仲良くなりだしたら、気にならなくなったけれど・・。中学校もその、なかなか意地悪な彼女と一緒で、よせばいいのに、何故か同じ部活に入り、大変な目に遭うのですが・・笑。
まあ、そうやって人間、強くなっていくんですね。
その時も、どんな時もピアノは私の側にありました。
愛♪PIANO SCHOOL ROOM
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飛曹長 (土曜日, 09 6月 2018 02:19)
そんなことがあったんだ、と思いながらまたぼんやりと記憶が蘇ってきました。「一人寂しい思いをしてる子が。。。」と先生がHR(?)の始まりに突然言い始めたような...後は覚えていませんがそんな意地の悪い女の子がいたのですね(誰でしょう(笑))。かく言う自分も相当意地の悪い嫌な奴でしたが。見取さんのピアノ演奏は覚えています。音楽の授業や、体育館での合唱会?で演奏されましたよね。埼玉会館へも行きましたか(記憶違いかもしれません)。小学生でClayderman(!?)、凄いですね。次のEpisode 4を楽しみにしています。
みどり あい (土曜日, 09 6月 2018 22:06)
飛曹長様。
そんなこと、あるあるです。笑
多分、どこに行っても多かれ少なかれありますね。
そうそう、多分、HRかなんかで話が出たと思います。
彼女もまた、ピアノを弾ける子だったので、きっといろいろ思うところがあったのかもしれません。音楽会で弾いた伴奏曲は覚えていますが、どこで何を弾いてきたのか、はっきり覚えていません。歳のせいかなあ・・。
最近、記憶がかなり怪しくなってきました(T_T)