福岡に引っ越して2年目。
公立の高校に入学して、ピアノレッスンも同時に再開しました。
ピアノの先生が、音大はどうされますか?
と聞いてくださいました。
こんなに転校ばかりで先生も変わってばかりなので音大なんて無理だと母も思っていたようです。
私は子どもが大好きなので、保育士さんになるのが夢でした。
ピアノも生かせるし。
でも、ピアノの先生の一言で人生、向かう方向が変わりました。
転勤族であるにもかかわらず、無謀にもチャレンジすることに。
学校から帰宅したらすぐに練習。
週1でピアノのレッスン。
そして・・
聴音も練習しておかなくちゃね。。と先生のお薦めで聴音の先生を紹介してくださいました。
聴音なんてやったこともなく・・楽譜を書く、ということもほとんどなかったのですが・・。
ピアノの先生に連れられて聴音の教室へ行きました。
そこには生徒が10人ほど。
先生がピアノをばんばん、それも3声も4声もすごいスピードで弾いたものを、そこにいる生徒さん達がどんどん書き取って行く姿。
どーん・・(^_^;)
いや・・無理でしょ・・。ぜったい・・。
そう思いながら、レッスンを始めました。
スパルタでありながらも怒ったりしない先生の元で鍛えられ・・4ヶ月。
次は、ピアノの先生から音大の夏休み講習会があるから参加するようにとの話。
もう、なんだかさっぱりわからないまま参加。
いきなりテスト。
音程を書くテストで、やったことも見たこともなかったので質問の意味すらわからず、めっちゃくちゃ適当に空欄を埋めました。
聴音は鍛えられたお陰でパーフェクトでしたが・・
試験用紙を返却された時に担当の先生が
「君・・これじゃ、まずいよ。」と一言。
0点。笑
0点って・・小学2年生の時に算数の2問で100点の計算のテストで0点を取って以来・・。
テストの答案の用紙を持ってピアノのレッスンへ行き、先生に見せたら・・
「あ、ここが出たんだ・・ごめん、まだ教えてあげてなかったもんね。気にしなくていいよ」と言われ、O型の私、すっかり気にすることなく次へ進む。
そして1年たった時に・・
母から「お父さん、また転勤になったよ。今度は東京。みんなで引っ越すよ」と言われ、流石に猛烈に行きたくない!!と反発しましたが・・
じたばた泣いているのはあなただけよ、と叱咤され・・
高校編入試験の為の勉強を開始するのでありました。
私にとっては全員1からスタートの高校生活が(転校で途中から入るのではなく)楽しくて、楽しくて、毎日が輝いていました。
多分・・今、思うに・・
学生生活の中で、一番楽しかった1年間でした。
転校したくない、私だけ残る、と泣いて抵抗したのはこの時だけでした。
私の高校生活も、父の転勤によって、またもや・・。
転校生生活になるのでした。
音大を受験する、ということでこの1年間でピアノはグランドピアノになっていました。
愛♪PIANO SCHOOL ROOM
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